0.ジャズのルーツから学ぶこと

その国を南北に分けた戦いは、北軍の勝利により幕が下ろされた。

しかし、何世代も前にこの地に連れて来られた彼らに帰る祖国はなかった。 突然の自由に、何をしたら良いの分からず途方に暮れる日々を過ごしていた。

今日も、幼なじみの三人は街道沿いの木の下で、遠く流れる雲をながめていた。 初夏の日差しが彼らの黒褐色の肌を照らしていた。

そのとき、もう一人の幼なじみが丘の上からこちらに歩いてくるのが見えた。 なにやら手に光るものを持っている。 「へへへ、いいだろう」 カールは、並びの良い白い歯がまぶしかった。 「ラ、ラッパか?そ、それ、どうしたんだ?」 四人は、トランペットという名称は知らなかったが、軍楽隊が演奏するのを何度か遠くから見たことがあった。

カールから、まだたくさん落ちていたことを聞き、それじゃ拾いに行こうということになった。 敗れた南軍は、楽器を捨てて逃げて行ってしまったのだ。

「オレ、この伸び縮みラッパがいい」 マイケルは、トロンボーンが気に入ったようだった。

「棒、棒はどこにある」 ジョンソンは、スネアのストラップを肩から架け、スティックを探していた。

「このいちばん、でっかいのがいい」 ジミーは、チューバを抱え上げて、盛んに「カッコイイ」を連発していた。

その日から、彼ら四人に流れる雲の観察以外の日課が加わった。 最初は、まったく音がでなかったが、二、三日もすると、知っているいくつかの簡単な曲が吹けるようになっていった。 しばらくすると、ジョンソンの叩くスネアに合わせて演奏ができるようになっていった。

知っている曲といっても、たいした数ではないため、一日に何度も何度も同じ曲を演奏することになる。 当然だんだんと飽きてくるので、少しずつメロディを崩したり、リズムを変えたりして楽しむ方法を見つけていった。 なかでもカールは天性の才能があったようだ。

「今のは何だ?」 いつの間にかチューバをトランペットに取り替えていたジミーが目を丸くしていた。

それは、元のメロディとは違うメロディを即興的に入れ替えるというものだった。 「昨日の夜、思いついたんだ」 天才カールがそういうと、マイケルとジョンソンの二人は「いいじゃないか」とか「おもしろい」と喜んでいた。 ジミーだけは、「オレもやる」といった。

最初はテーマ、次にカールのソロ、そしてジミーのソロと順番を決めた。 そして、カールのソロが終わり、いよいよジミーの番が来た。

ジミーは無我夢中で吹いて吹いて吹きまくっていたため、みんなが演奏をやめて自分を見つめていることに、なかなか気が付かなかった。 「あれっ、みんな何でやめてるんだ」 ジミーがソロをやめると、カールがソロを始め、それと同時に他の二人も演奏を始めた。 そして、カールのソロが終わると、またもやジミーがソロを始めた。

またもや、無我夢中で目をつぶり、上を向いたり、下を向いたりと、ジミーはひたすらトランペットを吹き続けていた。 やっと我に返り、まわりに誰も居ないことに気が付いた。

そのとき、30メートルくらい先の樹の下から三人の演奏が聞こえてきた。 カールのソロが終わり、いつの間にか三人のところに来たジミーがソロを始める気配を感じて、二人は演奏をやめてしまった。 「どうして、あそこにいないんだ。なぜここに来た」 カールは、ソロを始めようとしたジミーに言った。

「なんでオレだけ仲間はずれにするんだ」 ジミーは少し泣きそうだった。 「お前は、あのデカラッパで良かったんだ。最初は、カッコイイ~とか言ってたじゃないか?」 カールは、ジミーの口調を真似してチューバの大きさに両手を広げた。

「それより、お前デタラメに吹いているだろう」 カールがそう言うと、他の二人も頷きながらジミーを見た。

「カールだってやってたじゃないか」 ジミーはなんでオレだけというような顔をした。 「オレのはデタラメじゃない。なんていうか曲の雰囲気を壊さないように、違うメロディに変えたんだ。分からないかなぁ」 カールはうまく説明できないことがとても歯がゆかった。

「わかんないよ、オレと何が違うっていうんだ」 ジミーは、三人を見回したが、誰も説明できなかった。

次の朝、三人はジミーに内緒でニューオリンズに旅立った。 このとき、ある意味で天才だったジミーが極めようとしたフリースタイルのジャズは、認められるまでにあと100年以上の時が必要だった。 しかし、この四人の名前はジャズの歴史には残っていない。

この物語は完全にフィクションです。

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ということで、「ジャズピアノ入門編」とうとう始めちゃいました。 まあ、初回に合ったインパクトのある話を、とも思ったのですがこんなところで勘弁してください。

それから、ジャズの歴史うんぬんの細かいことは言いっこ無しでお願いします。 私の言いたいことだけを汲み取っていただければそれで良いのです。 すべては、その手段としての文章ですからね。 つまり、「ジャズは理論から始まったものじゃない」ってことです。 これって、つい忘れちゃうことなんですよね。 そして、理論だけを学んでもジャズピアノは弾けないってことです。

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